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2020/10/25 11月5日世界津波の日記念「稲むらの火」パネル展示会開催開催日2020年11月1日(日)~11月29日(日)

■気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館では、和歌山県の「稲むらの火の館」との連携事業として11月5日「世界津波の日」制定の由来となった濱口梧陵の精神を発信し、次世代に過去の災害の教訓を伝える「稲むらの火」パネル展示会を開催します。
■今後も防災や減災に取り組んでいる機関・団体等と連携し、過去や他地域の災害を振り返り、それを多くの人に伝えていくことにより、今後起こりうる災害への備えや防災意識の啓発に取り組んでまいります。

【概要】
稲むらの火パネル展示
・期間:令和2年11月1日(日)から令和2年11月29日(日)午前9時30分から午後4時まで
・場所:気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館 体験交流ホールB(無料ゾーン)
・内容:稲むらの火の館の紹介や、今も和歌山県広川町の安養寺に保存されている「安政見聞」という古文書の中にある絵図の写真や津波防災活動の写真を共有することにより、防災・減災対策等に幅広く活かされる展示を行います。
・規格:パネルB1サイズ 3点展示

※今回、「稲むらの火の館」のご協力の元、パネル展示を行うことができました。

【稲むらの火の館】
 稲むらの火の館は、平成19年4月に開館したもので「濱口梧陵記念館」と「津波防災教育センター」の二つの施設を合せて「稲むらの火の館」と呼んでいます。「濱口梧陵記念館」は濱口家の紀州広村での本宅をヤマサ醤油の濱口家から広川町に敷地と共に寄贈されたものです。「記念館」は梧陵翁の諸々の活動や濱口家の職業の事等を展示して濱口梧陵の功績を伝えています。「津波防災教育センター」は鉄筋コンクリート3階建ての建物で、安政津波の被害の様子や近い将来起こるとされている「南海トラフ巨大地震」に備える当の展示もされています。また「世界津波の日」や「津波防災の日」の由来となった「稲むらの火」の地元として、全国や世界へ向けて「津波防災」の情報を発信する工夫もされています。「世界津波の日」が制定されて以後、館内の「3D映画」はインカムによって英語・中国語・韓国語・フランス語・インドネシア語・スペイン語で聞けるようになっています。同時に、館内での展示は日本語と英語ですが、「QRコード」を読み込むとこれらの言葉でガイドされるようになっています。また、平成16年のスマトラ島沖地震・インド洋津波で大きな被害を受けたインドネシア・アチェ津波博物館と提携し、津波防災の情報発信に努めています。

【稲むらの火】
 安政元年(1854年)11月5日に安政南海地震が起こりました。マグニチュード8.4という巨大地震です。南海地震は紀伊半島沖の太平洋が震源域です。この時、その後来た津波で紀州広村では339軒中流失125軒、全壊10軒、半壊46軒、汐入大破損158軒、死者36人という大きな被害を受けました。実はこの時、前日の11月4日にもM8.4の巨大地震が起こっています。安政の東海地震です。したがって、32時間の間隔でM8.4の巨大地震が日本列島を襲っていたのです。この時、濱口梧陵は普段は千葉県銚子で醤油醸造業を経営しているのですが奥さんや子どもを広村に残して所謂単身赴任で銚子へ行っているので、毎年1回は紀州広村へ帰って家族と生活をしているようにしていました。この地震が起こった時に丁度広村へ帰っていた梧陵翁は、「この後、津波が来るに違いない。」と気付き、村中を走り回って高台への避難を呼びかけました。このため、村人たちはすぐに避難行動に移ったので1,323人中36人の犠牲に留まりました。この梧陵翁の行動を、明治年間にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が「A Living God(生ける神)」という物語に著わしました。この物語を和歌山師範学校の時代に読んで感動していた広村の隣村生まれの中井常蔵が、昭和の初めに文部省が教科書教材を全国から募集した時に子供にも読みやすいように書き改め応募しました。この時の題名は「津波美談」であったと言いますが、これが「稲むらの火」という題名になって5年生の国語教科書に掲載されることになりました。昭和12年から15年度末までの尋常小学校、16年度から22年度までの国民学校の教科書に掲載されました。当時は国定教科書であったため、全国の子どもが「稲むらの火」を勉強することになったのです。


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